5年前、私は10年間続けた仕事をやめた。
当時の私は「無価値感」でいっぱいで、何かにつけて、涙が出て止まらなくなっていた。
逃げ出すようにして仕事をやめた後、しばらくは何も手につかず、ぐちゃぐちゃに散らかったリビングのソファで寝転がっていることが多かった。
体は常にだるく、気分もふさぎがち。外に出るのもおっくうだった。
仕事をやめても夫との関係は何も変わらなかった。
夫は相変わらず、私とは口をきかないし、目も合わせない。
私はただ家族のために最低限の家事をしているだけの存在だった。
夫に認められていない自分に価値などないと思っていた。
概要は以下の通りだ。
そんな時、ふと携帯を見ていて目に止まったのが、心屋仁之助さんのブログだった。
何気なく読んでいると、心屋さんが発見した画期的な理論のことが書いてあった。
『前者後者論』というものだ。
概要は以下の通りだ。
世の中の人は「前者」と「後者」の2種類のタイプに分けられる。
それは絶対的で、両方の要素があると自分で思う人は、「後者」のようだ。
そういう人は「前者アプリ」(10.2 『本当の「自由」』参照)と呼ばれるアプリを搭載している「後者」なのだそうだ。
「前者」は、常識的。
時間管理が得意だから、何ごとも計画的に進めることができ、〆切に遅れたり、遅刻することがない。
論理的思考回路があり、頭の回転が速い。
アップテンポで行動する。
何でもそつなくこなし、複数のことを同時並行で行う「マルチタスク」ができる人。
難なく空気を読み、気配りが上手で、人を助けてあげることも好き。。
人を傷つけないように言葉を選ぶ。
「後者」は、「癒し系」「天然」と呼ばれる人。
時間管理が苦手で、〆切に遅れたり、遅刻しがち。
感覚的に生きている人。
理解が遅い。
スローテンポでじっくり行動する。
(アップテンポで行動することもできるが、「前者アプリ」のダウンでフリーズを起こす場合があり、注意が必要。)
空気は読めないが、読めると勘違いしている。
同時に一つのことしかできないが、何かに没頭すると時を忘れて取り組む天才肌なタイプ。
何事も気が向かないとできない。
頭が真っ白になる「ホワイトアウト」というものを知らないうちにしょっちゅう起こしている。
思ったことをそのまま言ってしまうし、人の言葉も鵜呑みにする。
ざっくり言ってこんな感じだ。
「前者」と「後者」に優劣はなく、ただ2つのパーソナリティを説明する時、「前者は。。。それに対して後者は。。。」と説明したことがきっかけでつけたネーミングだという。
「前者」と「後者」は全く違う種族。
「前者」の常識は「後者」の常識ではないし、反対もしかり。
お互いに「普通こうだよね」と思うことが全く違うのだ。
「前者」はよく気づいてしまうので、「後者」のためにつくすことは無理なくできるが、あまりに「後者」が感謝しないと拗ねる。
「こんなに頑張っているのに」と。。。
「後者」は「前者」のようにならなくてはいけないと思っている。
学校ではたいがい「前者」が褒められるし、就職するにしても、何でもできる「前者」が広く求められている人材だからだ。
でも「後者」は「前者」には頑張ってもなれない。。。だから悩む。
自分は「ダメな人間だ」と。。。
「前者」は「後者」を見ているとじれったくてイライラするから、「後者」を怒りがち。。
「後者」は「前者」に怒られないように頑張るけど、どうしても怒られる。。
このままだと、「前者」も「後者」もみんな「苦しい」のだ。
両方とも頑張っているのに。。。
だったら、いっそ「後者」は「前者」のようになろうと無理をして「頑張る」ことをやめて、できないことは「前者」に任せて、その分感謝を表す。
そして、自分が本領を発揮できることに集中して、天才性を発揮し、結果的に世の中の役に立てばいい。
そうすれば、何ごとにも器用で人の役に立ちたい「前者」も、快く「後者」を快く助けることができる。
ちゃんと感謝されるので、「もっともっと」と無理をして「頑張る」ことで認められようとすることもなくなる。
結論として、
「前者」と「後者」がともに「そのままの自分」
でいることが大切だということ。
みんな、「自分以外の自分」にはならなくていいのだ。
そして、お互いを尊重し合うことで「理想的」な人間関係が生まれる。
最終的にみんなが「自己肯定感」で満たされるという「理想的な世界」に変わっていくのだ。。。
「後者」は「返事をしない」ことも特徴だそうだ。
また、「後者」は、自分を守るすべとして、人や物に対して「自動的に目の前にガラガラと見えないシャッターが下りてくる」という変わった機能があるらしい。
対して「前者」は、意識してシャッターを下ろさないと降りてこない。
私はこの理論に出合い、全てのことに合点がいった気がした。
そうか!夫は「後者」なのだ!!
やっと夫のことが理解できた気がした。。。
夫は、何かのきっかけがあって、私に対して「自動的にシャッターが下りてしまった」のだろう。
わざと下ろしたのてはなく、下りてきてしまったのだ。シャッターが。。。
だから、私と普通に口がきけなくなってしまったのだ。
そして、目も合わせられなくなってしまった
「それなら仕方がない」。。。と私は思った。
一方、私はよく気づくし、夫の役に立つと嬉しくて、つい、つくしすぎてきてしまう。
そして、ろくに感謝されないばかりか、透明人間のように口も聞いてもらえないし、目も見てもらえないから拗ねている「前者」なのだと思った。
私には、この「前者後者論」が「救世主」のように思えた。。。
心から「救われた」気がした。。。
私が「前者」で夫が「後者」。。
理解し合うことが必要なのね。。。!
それは後に勘違いだとわかるのだが。。。
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